副院長のブログ

古き良き山口市への郷愁

2012-08-22 21:15:02投稿

山口市の “C・S赤レンガ” が 1992 年に開館してから、今年で 20 周年になるそうです。もともと県立図書館の書庫だった建物は、確か “アトリエ・ロフト” とかいうアトリエ教室(名前は間違っているかもしれません)をやっていて、小学生の時に親友と通っていました。その頃の旧赤レンガは、外壁を不気味な蔦で覆われて内部も薄暗く、まるで幽霊屋敷のような建物でしたが、怖いもの知らずの小学生にとっては格好の遊び場でした。

思えば、山口市の後河原地区も随分綺麗になりました。以前はその赤レンガはありましたが、一の坂川は今ほど整備されておらず、源氏蛍もほとんどいなかったと記憶しています。その後に山口市が景観地区として力を入れて、今では人気の蛍スポットとなりました。一方で、パークロードから駅通りに繋がる早間田交差点は、以前は山口市でもっとも賑やかな場所の一つで、私がスパルタ英語塾 “中央セミナー” に通っていた中学生の頃は、バブル景気に湧き、テナントは満室でグリーンパークも入っていました。その後は急速に景気が悪くなり、消費者金融がテナントを占める時代が続き、今は空室の目立つテナントの中で学習塾が頑張っている状況です。今回、一の坂川沿いの再開発が早間田地区まで南下したため、少しでも人通りが多くなることを期待しています。

そういえば、米屋町の “ちまきや” がリニューアルする前は、屋上遊園地があって子供用の “弓矢” が置いてあり、矢が的までなかなか届かなかった記憶があります。その “ちまきや” の数軒隣に “アルビ” という若者向けのデパート?があって、当初は “ガンプラ” 、その後は “ファミコン” コーナーが小学生から絶大な人気がありました。また道場門前の “ダイエー” では、屋上遊園地で割り箸を使って作る綿菓子や、一階入口付近にあった軽食屋で焼きそばを食べるのが楽しみでした。残念ながら、これらのお店は随分前に姿を消してしまいました。

今でも生まれ故郷で生活が出来ることは恵まれたことかも知れませんが、絶えず変わっていく山口の風景に寂しさを感じるのも事実です。私が ”大分むぎ焼酎二階堂” の CM に心惹かれるのは、楽しかった昭和への郷愁だけでなく、少年時代の “純粋な自分” を想い出させてくれるからです。そして “昭和” も “少年時代” も二度と戻って来ないのが判っているのに、どうしても振り返らずにはいられないのは、人生の折り返し地点に差しかかったにも関わらず、なお“日暮れて道遠し”という自分の現状を嘆き、“もう一度少年時代から人生をやり直したい“ と心の底から願っているからだと思います。